彼女が水着に着替えたら
−渡辺頼子さん vol.2−


(vol.1はこちらから)

私が東京から西浦に帰ってくる少し前に、「彼女が水着にきがえたら」という映画がとても流行していました。私はこの映画は観ていないのですが、私よりもひと世代うえの方たちはこの映画の影響を受けてダイビングを始めた方が多かったようです。

その影響もあってか、世の中は空前絶後のスキューバダイビング・ブームの真っ只中でした。


私の実家が営んでいる「駿陽荘やま弥」は、目の前には海越しの富士山が見え、大瀬崎にも比較的アクセスがいいこともあってか、当時は、ダイビング目的のお客さんがたくさん来てくれました。とくに関東からの方が多かったように思います。

しかも、みなさん本当に熱心で、毎週通ってくれる常連さんばかり。私は、そういう方たちから海の話を聞かせてもらう機会がたくさんありました。

わたしはそのとき、20代前半。みなさんがとても大人に思えたのを覚えています。


大瀬崎は、”ダイバーなら一度は潜ってみたい場所”と言われ、「ダイビングのメッカ」とよばれています。でも、子どもの頃からこの地域に住んでいる私にとっては、それがどんなことなのかはあまりピンとはきていませんでした。


みなさん、来るたびに必ず「ここは本当にいいところだね」と口を揃えて言ってくれるけれど、いまいちピンとこない。

「なんや、よりちゃん。そんなことも知らんのか?」と言われたりもしました(笑)。

そんなことを何度も聞いているうちに、「わたしはここの人間なのに、この土地の良さを外からくる人たちのほうが知っているなんて」と思うようになりました。本来なら、私が皆さんに伝えるべきなのに、と。

今、思えば、その頃はじめて「自分が住む地域」のことを、客観的に考えはじめたような気がしています。

そして、ある時「よし、わたしも海に潜ろう!」と思い立ち、26歳の時に一念発起してダイビングのライセンスをとることにしたんです。


実際に潜ってみると、この地域の海は、いわゆる南の島の一年中キラキラした色の魚たちがいる海とはちょっと違っていました。

ここの海はもっと違う”面白さ”があるんです。


たとえば、この地域は一年中あたたかい南の島とは違い、”季節”によって水温が変化します。それにともなって、時期によって生息する生き物が変化するんです。

これは、春から初夏にかけて、産卵のためにここにくるアオリイカ。幻想的な春霞が、毎年その時期を教えてくれます。

季節を感じるものといえば、海藻もそのひとつ。

陸地の木々のように、彼らも光合成をしているので、光の加減や水温によって変化します。冬の終わり頃から増え始めて、春にはたくさんの海藻が生い茂る。春になると水中の透明度が下がる「春濁り」という現象の原因のひとつとして、この季節による海藻の変化が影響しているといわれています。

季節を感じるのは、陸上だけじゃない、海の世界にも四季があるなんて、実際に潜ってみるまで知りませんでした。


地上では想像できないような、珍しいかたちの生き物に出会うことができるのも面白さのひとつ。

これは、ダイバーのあいだで大人気のネリジンボウ。なんだかいつも「キョトン」とした表情をしていて、会えると嬉しくなっちゃう(笑)。


あとから、図鑑で生き物の名前を調べてみるのも、とても面白いんです。

これは、「カミソリウオ」。見事なネーミングですよね(笑)。


思いがけず、カマスの群れに出会ったり。魚の群れに合うと、いつも一瞬、圧倒されます。


職業柄なのか(笑)、見ると思わずよだれが出てしまいそうな美味しい魚に出会うこともありました。


©︎マリンステーション マーボウ

海の世界は、陸から見ているだけでは全く想像もつかないような、広大な世界が広がっていました。特に、このエリアの海は潜るたびにまったく違う顔を見せてくれるので、どの時期に潜っても面白いんです。

気づいたら、私も海の世界の魅力にすっかり夢中になっていました。そしていつしか、こんなに素晴らしい海がある自分のまちを、いつのまにかとても誇らしく思えるようになっていました。


子どものころは、ビーチサンダルすら履かずに、そのまま”どぼーん”と海に飛び込んで、ウニを踏んで帰ってきたり(笑)。そんなことは、しょっちゅうしていました。でも、大人になるまで「海に潜ってみたい」なんて全く思わなかったんです。今、思えば、目の前にこんなに素晴らしい世界が広がっているというのに、なんてもったいない(笑)。

私の場合、ひょんなことから「地元のことを、外の人の方が知っている」ことへの、ちょっとした”悔しさ”みたいなものが、海を知るきっかけになりました。きっとね、当時はなんだかちょっと「メラメラと燃えるようなもの」があったんじゃないかと思います(笑)。

でも、その出会いとメラメラがあったからこそ、自分が生まれた土地の素晴らしさに出会うことができた。そして、この土地に訪れる人たちに、その魅力を自信を持ってお話することができるようになりました。

人生って、本当に何がきっかけになるか分かりませんね。


vol.3に続きます。

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andre